お父ちゃんのコーヒー

三原郷愁手帖

結婚を機に三原市を離れて、もう四半世紀が過ぎた。
三原は…それはもう、丸ごと故郷に変わりはないけど、少し前まで故郷の象徴のような喫茶店があったなぁと思い出している。

少しのあいだ、昔々に足繁く通っていた喫茶店の話におつき合いくださいませ。

カウベルのついたドアを開けるとコーヒーの香りに混じって昭和の匂いもする店で、そこだけ何十年も時が止まっているような店。
花柄の布で修繕されたカウンターの椅子に腰掛けると、目の前のちょうどいい高さにサイフォンが並ぶ。
コーヒーを待ちながら、いろんなことを思い出していた。
大きな湯呑みで1日に十杯以上飲む緑茶党の父が、この店のコーヒーだけは好んで飲んだこと。それは砂糖を3つも入れた甘いコーヒーだったこと。
仕事帰りにパチンコ屋を覗いて、父を見つけては、この店でコーヒーを奢ってもらったこと。
父との思い出は数少ないはずなのに、この店での父との思い出をたどるとその多さに自分でも驚いていた。

「はっちゃんか?変わらんのぉ〜」
常連さんがひとり、またひとり。
遠い昔からの懐かしい顔ぶれが入れ替わりで並ぶ。
私が注文するのは、何の豆かは知らない「濃いいコーヒー」。
いつもそう言ってお願いしていた。
お代わりを頼んだ後、用意していたステンレスボトルをかばんから取り出して、
「これにホット入れてぇ。お父ちゃんの。」
「よっしゃ、父ちゃんのなら砂糖がえっと(たくさん)いるで。」
「ほんまじゃのぅ」
と皆がひとしきり笑う。そんなことがあった。
実家に立ち寄り、仏前に供えたコーヒーは、やっぱり思い出の香りがした。

この店は、もう閉じてしまっている。
今でもシャッターの降りた店の前を通る時、すぅっと香ばしいコーヒーの匂いが鼻をくすぐるような気がする。

実は私、最近また「ただいま」と帰れる、コーヒーの店を探している。
もちろん三原で、だ。

三原郷愁手帖

松浦 初実 ( 松浦デザイン事務所 代表 ) 
今の三原市を歩きながら、少し昔の三原を思い出しています。 
思い出しながら「あしたの三原」に想いを馳せます。 どうぞよろしくお願いします。 

三原市で生まれ育ち、福山市に暮らして27年のデザイナー。 
本気の備後愛を胸に、備後地域のブランディング・デザイン・印刷や取材などに携わっています。 
ショップや事業のコーディネートも!
THEプロフェッショナル広島
instagram.com @marmelo_9

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